お米の伝来と稲作の歴史

 近年 我々が主食であるご飯は、古く弥生時代の頃、東南アジアから朝鮮半島又は、台湾を経由して、北九州に初めて伝来してきたと言われています。

稲作が日本に伝わる前、古代の人々は、狩りや木の実等を採取して移動して暮らしていたので、同じ場所に住んでいる食べ物を手に入れるのが難しいと、されて来ました。
稲作が伝来してからは、同じ場所にて生活が、出来るので当時の人々の暮らしは、大きく変化しました。
食べ方も、当時の人々は、もみのまま焼いて食べたのが一般的でその次の時代には、土器を使ってもみのまま蒸して食べたり、もみを取ったほうが食べやすいと玄米のまま煮炊きしておかゆみたいなご飯を食べていました。
武家社会の戦国時代には、白米にして食べる習慣が出来、非常食としておにぎり風にして食べたり出来ました。
戦国時代が終わり平穏な時代が続き、江戸時代に入ると江戸患い(えどわずらい)という病(かっけ)が流行り、(これらは、ビタミン不足となる原因)精米技術が発達して白米にするとごはんがおいしいと発見好んで食べる様になった。
時代もさかのぼると稲作も発達してお米をたくさん収穫した人が、豊かになり、権力も持つようになる。
その後の時代には、お米が税金の代わりになり、又当時の人の給料は、米で支払う時代が長く続いた。近年、生活習慣病の方は健康を気遣う人の多くは、ビタミンの宝庫である 玄米ごはん、7分搗きごはん(胚が付き)を好んで食べる人が増えています。

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